名古屋みなとロータリークラブ

卓話Speech

2024年3月22日(金)(第2698回)例会 No.28

危機管理についてバックナンバー >

丸山 佳男様
神奈川工科大学航空宇宙専攻客員教授、元JAL機長
丸山 佳男

年初の羽田空港での航空機衝突事故は皆様の記憶にも新しいと思います。能登半島地震の救援物資を運んでいた海上保安庁5名の方々が亡くなりました。災害が災害を呼ぶのかと暗澹たる気持ちになりました。

一方で日本航空機の緊急脱出は全員無事に行われました。まさに奇跡的成功と言っても良いと思います。何しろ最初にテレビに映ったのが、客室の窓から火が吹いている映像でしたので、息が詰まる思いで報道を見ていました。機体が燃えている映像がしばらく続きました。しばらくしてようやく、客室が燃え上がる前に全員脱出していた事がわかり胸を撫で下ろしました。

日本航空での緊急避難訓練は年一回行われます。実際の航空機と同じ装備のモックアップと呼ばれる施設を使って訓練が行われます。今回のような滑走路逸脱、加えて緊急降下、海上着水そして海上脱出等が行われます。初動がきちんと出来なければベテラン、新人を問わず訓練教官から檄が飛びます。余りにも対応ができていない場合には業務停止となり再訓練が実施されます。そういう厳しい訓練をしてきた客室乗務員だからこそ対応できたのだと思います。航空会社3社での経験がありますが、日本航空は設備、教官を含めた訓練環境、そして何より客室乗務員の高い意識は群を抜いていると思っています。

羽田空港は世界でも有数の混雑空港です。2022年の資料では離着陸回数は年間約39万回となっています。世界⼀は米国のアトランタ空港の約72万回です。羽田空港は最も忙しい時には同⼀滑走路では90秒間隔で離着陸を行っています。平行滑走路においては条件が満たされれば同時離着陸もあります。5本目の滑走路も計画されており、ますます混雑度が上がってくる状況です。

運航業務は世界で最も失敗が許されない仕事の⼀つです。でも「ヒヤリハット」と呼ばれる危うい出来事、小さなミスは起こります。多くのヒヤリハットを経験しながら、幸運もあり事故を起こさず済んだ約40年の航空人生の危機管理についてお話したいと思います。

基本編成ではパイロットは2人そして客室乗務員は機種によって異なりますが、ドアの数だけおります。重要なのはチームで情報を共有することです。まず当⽇の運航環境についてパイロット2人で確認してフライトプランを決定します。同じ情報を⾒ていても認識が異なる場合が多々あります。互いに自分の認識を話した上で具体的な対応策を共有します。次は客室乗務員とのブリーフィングです。当⽇の運航状況を伝えます。返事の良い⼈ほど質問をすると分かっていない事もあります。工夫が足りないのでしょうね。重要な項目がある時はその項目について、特別な項目のない時には最近の事例を使って基本的なオペレーションのレビューを行います。チームがまとまりますといろんな情報がスムーズに集まってきて、結果的に判断が容易となります。

フライト中タイムプレッシャーや天候の急変などストレスがかかると、どうしても注意がそちらに向いてしまい平常心が崩れがちです。こんな時に危険因子(今回はヒヤリハットと呼びます)が忍び寄ってきます。このヒヤリハットはまるで生き物のように⼼の隙間にやってきてエラーを誘発させます。自分で意識できないものですので厄介です。一つの事例ですが、空港に進入降下している時のことです。前方に積乱雲がありこれを避けるため管制に避ける方向をリクエストします。他の航空機も避けるために管制と連絡を取っていますのでなかなか連絡が通じません。どんどん雲が近づいていますので2人とも気が気ではありません。ようやく管制の許可を得て雲を避けた時には風の変化で制限速度を超過してしまいました。速度超過は航空局への報告義務があり、復帰訓練が必要な場合には終了するまで業務停止となります。

また別の事例ですが、進⼊中に着陸装置(ランディングギア、いわゆる車輪です)が故障し降りないと言う事象がありました。トラブルとしてはかなり重大です。チェックリストに従い対応していましたが上手くいきません。管制に許可をもらって他の航空機の邪魔にならないところに行ったり、地上スタッフと連絡を取ったりとパイロットのワークロードは一気に高まります。機⻑及び副操縦⼠の2人ともがこれらの対応に集中してしまい燃料が少なくなっていることに気づきませんでした。気づいた時には燃料が無くなり墜落してしまいました。機長、副操縦士が同⼀事象に集中しないように訓練を受けていても、目の前に起こった出来事に気を取られるのが人間です。どのような状況でもフライトに影響が出ない様、自動操縦装置、フライトマネイジメントコンピューターを駆使して航空機が安定して⾶ぶことを考えます。これらをモニターしながらできた余裕を使って目の前の出来事に対処することが、パイロットのマネイジメントです。

時間に限りがありますので余裕の時間での作業の優先順位を決めることが重要です。とにかく後回しにできる作業は行わず、優先順位の高い順に進めることです。

安全に関していろいろお話ししましたが、個人での経験には限りがあります。多くのヒヤリハット情報を収集し、起こる前の対応(Reactive < Proactive)に全力を上げることが大切です。ヒヤリハット情報は宝の山です。この情報を集め、解析し、対応を添えてフィードバックすることが安全推進の根幹だと考えています。明日の自分を助ける、ということを意識して啓蒙活動に励みました。
小さな努力が明日の自分の運航を守る大きな成果につながる、と言う実感を持ってもらえばしめたものです。

運航もそうですが安全推進活動も減点法です。通常運航そして事故、アクシデントがなければ0点、何かあれば減点です。0点を目指してもがいているうちに定年退職となったことは、幸せなパイロット人生だと思っています。

名古屋みなとロータリークラブ

国際ロータリー第2760地区 名古屋みなとロータリークラブ

■事務局
〒460-0008 名古屋市中区栄2丁目13番1号
名古屋パークプレイス3F
株式会社マイ.ビジネスサービス.内
tel:052-221-7020 fax:052-221-7023
■例会場
名古屋マリオットアソシアホテル(17階)
金曜日 12:30~13:30